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「崇灰の鴉と僕」 ④ カラ

外はとても暑くて、バイトからふらふらと戻ってきて、テレビをつけた。

そこでは、「お盆」「帰省ラッシュ」という言葉が飛び交っていた。

そうか、今、お盆なのか…。

そんなこと、すっかり忘れていた。


僕は最近、姉の事をあまり思い出さなくなった。

父や母のことは、それ以上に思い出さない。

頭の中は、鴉のことでいっぱいだった。

他のことなんて、他の人間なんて、どうでもいいと思っている自分がいた。


そんな普段の自分を取り繕いたかったのかもしれない。

お墓参りに行く事にした。


「ねえ、空いてる日ない?」

僕は早速、鴉に聞いた。

「なんで?」

「お墓参りに行こうと思って。」

鴉は、読んでいた雑誌から顔を上げ、僕を見た。

意味が分からない、とでも言いたそうな顔で。

「誰の?」

鴉は聞いた。

「え~っと…、僕の、家族の…」

その答えを聞いて、鴉は笑った。

「何で俺が行かなきゃいけないんだよ。俺、お前の家族と会ったことねえし。」

「いや、そうなんだけど…」

「行かない、行かない。」

そう言って、鴉は台所へ消えた。

僕は考えた。

そうか、それはそうだよな。

知らない人間の墓に参っても、何も思わないし、何も起こらないもんな。

冷たいコーヒーを持って、鴉が戻ってきた。

僕は言った。

「じゃあ、僕、一人で行くよ。」

「おお、行ってこい。」

そう言うと、鴉はまた雑誌を読み始めた。

僕には面白みの分からない、小説ばかりが載った雑誌。

頭にふと思い浮かんだ事があって、数秒迷ったけど、僕はそれを口にした。

「鴉の…彼女の…、お墓参りは行かなくていいの?」

鴉は、さっきと同じ体勢のまま。

だけど、その身体の奥底に緊張が走ったのが分かった。

僕は、自分の発した言葉に後悔したが、もう遅い。

出したものは戻らない。

「ごめん。」

仕方がないので、大して意味を持たない言葉を出した。

でも、そんな自分がより軽率な人間に思えた。

「向こうの親からすればさ、俺が殺したようなもんなんだ。だから、墓の場所なんて知るわけないだろ。葬式にだって出てないのに。」

そう言った鴉の声は、いつもよりも高くて、妙に明るくて、僕は言葉を失った。

カラカラ。

鴉が飲むアイスコーヒーの中で、氷が音を立てた。

僕は、自分の頭みたいだと思った。


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「崇灰の鴉と僕」 ③ 欠片

空は薄く曇っていた。

風はほとんど吹いていなくて、でも空気はとても冷たい日。

僕は珍しく、ワンピースを着ていた。

唯一持っているワンピース。
それは、喪服。


その日の3日前、姉が死んだのだ。

両親の代わりに僕を育ててくれた、15歳上の姉。

交通事故だった。

僕はただ、周りに言われるまま葬儀を行い、何も感じることも考えることもないまま、
3日間を過ごしていた。


二人で暮らしていたアパートに戻る気にはなれず、
かといって、どこにも行くあてはなく、僕はふらふらと歩き続けていた。

心は、無だった。

これからのことも、今のことも、何も分からなかったし、考える力もなかった。

ただ、立ち止まると死んでしまうかの如く、ふらふらと歩き続けた。


いつの間にか知らない町を歩いていた。

人気の無い住宅地で、木には一つの花も咲いておらず、今が冬なんだって事を、僕はふと思い出した。


何の音も聞こえてこなかった僕の耳に、突然一つの音が聞こえた。

その音はとてもシャープだった。

また、同じ音が聞こえた。

僕は、その音が鳴る場所を探した。


少し先、道路の隅にしゃがんだ男。

その男の手から、その音は鳴っていた。

僕は立ち止まって、その男をじっと見ていた。

シャープな音が、その男から聞こえる。

空っぽな僕の心に、その音が突き刺さる。

突き刺さる。

突き刺さる。


無だった僕の心が、その音に合わせて、だんだん動き始めた。

思い出したのは、姉の顔や言葉ではなく、自分が姉に発してきた言葉や態度だった。

どれも、ろくでもないものに思えた。

もっと、違う言い方があっただろう。

もっと、違う態度があっただろう。

もっと、出来ることがあっただろう。

もっと、もっと、もっと…。

もっと、幸せになれるはずの人だったのに。
僕がそれを妨げていたんだ。

僕は、なんてろくでもない。

僕は、なんてつまらない。

僕は、なんて、汚いんだ。

僕は、僕は、どうしようもなく、一人ぼっちだ。


音が止まった。

男が少し、体を動かした。

手にはカメラ。

写真を撮っているのだと、ようやく気づいた。


「何を撮ってるの?」


信じられないことに、話しかけていた。

知らない人に話しかけたことなど、一度だって無かったのに。


「壁と、地面」


低い声だな、と思った。


「どうして、そんなもの撮るの?」


男が、僕をゆっくりと見た。

光を受け取っているとは思えないような、黒い目だった。


「ここ、欠けてるから。」


確かに、壁の一番下が、少し欠けていた。

その欠片が、地面に転がっている。


「自分みたいだなって、思って。」


そういって、男は、その欠片を踏んづけた。

力いっぱい。

そのまま、僕をもう一度見ることもなく、背を向けて歩き出した。


去っていく男の後姿と、踏まれた欠片を見て、僕の中で何かが弾けた。

自分が踏まれた欠片のような気がしたし、自分が欠片を踏んだような気もした。

悲しくって、虚しくって、寂しくって、でも心はそんな想いでいっぱい過ぎて、はち切れそうに膨らんでいた。


聞いたことのない声が聞こえた。

低くて、大きくて、物凄く震えている。

それが、自分の声だと気付いた時には、もう遅かった。

涙が止まらなくなっていた。

このまま、永遠に泣き続けるんだ、自分は。

そして、死んでいくんだ。

その気持ちがまた膨らんで、また涙が出る。


「うるせえ。」

顔を上げると、黒い目が私を見つめていた。

「汚い顔だな。」

そう言って、シャツの袖で僕の顔を乱暴に拭いた。

「泣いてもな、死んだ人間は帰ってこないんだ。だけど、俺が…、お前が生きてれば、お前の頭の中でそいつは生きていくことが出来るんだ。多分な…。」


男は、また僕に背を向けようとした。

その瞬間、思わず僕は男のシャツの袖を引っ張った。

「名前、何ていうの?」

「…鴉。」

「カラス?」

「そう。その名前で、写真撮ってる。」

「僕は、アイリ。鈴木愛梨。」

「お前、名前と見た目が合ってないな。」

「鴉。お願いがあるんだ。」

「…何だよ。」

「僕と、一緒に生きていってほしい。」

鴉は、目を大きく見開いた。

「お前、アホだろう。」

鴉は、僕の手を振り切って、歩き始めた。

僕は、また泣きそうになったけど、それを堪えて、鴉の背中を追って走った。


僕と鴉は、そんなふざけた出会いをし、僕は鴉に一生付いていく事を決めた。

「崇灰の鴉と僕」 ② 光

女というのはなかなか面倒な生き物で、「見た目」というやつがとても大事らしい。

ある程度の歳になれば、化粧をしなくてはならない。
らしい。

「なんだかんだ言ったって、ビジュアルなんだよ。」

井口は、グロスを唇に塗りたくりながら言う。

「そうなのかなあ。」

「そうだよ。だって、なんだかんだ言っても、アンタも一目惚れだったんでしょう?」

「うん、まあ、そうなんだけど。ていうか、井口ってさ」

「何?」

「なんだかんだ、ってよく使うよね。」

井口は、丸い目を更に大きくし、

「嘘、マジで。」

と聞いてきた。

「うん、マジで。」

「うっそ〜。今までそんなの全然気付かなかったよ〜。なんかしんないけど、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど〜。」

井口は可愛い。

顔も可愛いけど、そういうんじゃなくて、言動が。

話す言葉とか、動作とか、決して上品ではないんだけど、いや、むしろ、だからこそだろうか、時々、彼女の中の純粋な女の子の部分みたいなのがちらっと見えると、素直に可愛いなって思う。

井口は、大学で唯一、一緒に行動したりする子だ。

世間で言う、「友達」というやつだろうか。

僕にはそういう子が今までいなかったから、よくわからないけれど。

「そうだ、これ、やるよ。」

井口は、小さなポーチを机の上に出した。

「何、これ?」

「化粧品。アンタ、全然持ってないんでしょ?」

井口は、そう言って、女の子の顔を私に見せた。

「この前、新商品色々買ったから使わないし、あげるよ。」

井口は、可愛い。

僕とは違う。
違いすぎる。

だから僕は、井口にどんな顔をすればいいのか、よく分からなくなった。

「いらないの〜?」

「いや…、いる。うん。ありがとう。」

「アンタが化粧したらさ、鴉さん、びっくりするんじゃない?」

化粧をした自分も、そんな僕を見た鴉の言動も、全く想像がつかなかったけれど、それは少し楽しい事のように感じた。

「そうだね、面白いね。」

僕は、小さな声で言った。

「そうだよ。こういう事って大事なんだよ〜。刺激っていうの?そういうのが無いと、恋は枯れていくんだから。アンタ、顔は可愛いんだから、もっと頑張りなさいよ。」

井口は、大袈裟にではなく、僕の事を考えてくれているんだろうな、と思う。

僕は、井口のことを、少しは考えてあげているだろうか。

きっと、あんまり考えていないだろう。

僕と井口は、やっぱり違う。

井口は、素敵な女の子だ。

素敵な女の子とは程遠い僕は、せめて、せめて、と思ってこう言った。

「うん、頑張る。」




家の近所に、小さな教会がある。

とても古そうだけれど、中に入るときちんと手入れされていて、とても綺麗だ。

僕は、そこがどても好きで、通りがかったら、いつも中に入っていく。

宗教には詳しくないし、神様の事なんてよくわかりもしないけれど、ただ、この空間がとても好きだと思う。


一度だけ、鴉を連れてきたことがある。

買い物をした帰りだ。


鴉と一緒に買い物をするのは、とても幸せな時間だ。

近所のスーパーには、家族連れや夫婦が何組も来ていて、まるで自分達も、同じような家族や夫婦の仲間入りをしたみたいな気持ちになる。

もちろん、僕はそれが勘違いだって、よく分かってはいるのだけれど、それでも、周りから見た自分たちが、夫婦のように、恋人のように見えているんじゃないかって、夢を見てしまう。


その日は、確か鍋をしようって言って、肉や魚をあまり食べない僕は、野菜をたくさん買ったんだ。

荷物は重かったのだけれど、僕は何故だか急に、鴉に教会を見せたくなって、わざわざ回り道をした。

「見せたいものがあるから。」

僕がそういうと、鴉は面倒くさそうな顔をしていたけど、

「見たらすぐに帰るからな」

って言って、僕の少し後ろをゆっくり付いてきた。

教会の周りには、全然人がいなかった。

「ここだよ。」

そう言って、僕は先に中に入った。

重い足取りで遅れて入ってきた鴉の顔は、ステンドグラスに反射した光のせいで見えなかった。

「綺麗でしょう?」

夕方の空の光が、教会の中にふうわりと入ってきていて、幻想的で、そこに僕と鴉が一緒にいるなんて、僕は胸がいっぱいで泣きそうな気持ちになった。

でも、その気持ちは一瞬で覚めた。

鴉は、近くにあった机を思い切り蹴ると、僕に背を向け、出て行ってしまった。

さっきまで確かに見えていたはずの、ふうわりとした優しい光は急に見えなくなって、僕は心臓が止まりそうに驚いて、慌てて鴉を追いかけた。

「ねえ、どうしたの?」

鴉は答えずに、ずんずんと先へ進む。

「ねえ!ねえって!」

僕は、鴉の洋服の袖を引っ張った。

その勢いで僕の方を見た鴉の顔は、泣きそうな顔で、僕はまた、心臓がぎゅっと痛んだ。

鴉は僕からゆっくりと顔をそらして、しばらく二人は、そのままじっとしていた。

「嫌いなんだ。」

鴉は、ぽそっと言葉を落とした。

「ああいうの。光がキラキラしてて…、だから、嫌いなんだ。」

「…どうして?」

本当はとても怖かったけれど、僕は、鴉に聞いた。

「綺麗もんなんて、嫌いなんだ。どうせいつか、無くなる。崩れる。それなら、最初からそんなものは見たくない。」

鴉は、またずんずんと歩き出した。

空は、さっきまでの夕方の暖かい色を弱めて、夜の色に飲み込まれていっていた。

振り返った教会も、今まで僕が見たことのない、暗い色にのみこまれていた。

僕は、小さく深呼吸をして、鴉の背中を追った。

僕が必要なのは、幻想の世界の暖かい光じゃなくて、闇に飲み込まれていっている、あの男だけだって、知っているから。




バイトを終えて家に帰ると、鴉はいなかった。

飲みに行ってしまったのだろう。

テーブルの上には、鴉が撮った写真が載っている音楽雑誌と、ビールの空き缶、2つ。

雑誌をめくると、今人気のロックバンドの写真が沢山載っている。

「あった…」

鴉の写真は、一目で分かる。

バンドのボーカリストらしき人の横顔。

明るいところで撮影されたのだろう、その写真には、何故か深い闇が見える。

被写体の闇が、前に出てきてしまうような写真。

思わず、誌面から顔を上げる。

目を瞑り、深く息を吐いて、もう一度写真を見る。

これが、今の鴉。

目をそらしちゃいけないんだ。

僕だけは。


僕と出会う前、いや、彼女が死んでしまう前の鴉の写真は、もっと華やかだった。

光が溢れていた。

でも、今は違う。

闇に飲まれている。

女の人は撮らなくなったし、キラキラしたようなものも撮らなくなった。

血にまみれた彼女の写真を僕に見せながら、鴉は言った。

「これ以上に撮りたい女なんて、もういないんだから。」

確かにそこに写っている彼女は、死んでいるのに、血まみれなのに、不思議と美しくて、僕は鴉の気持ちが分かった気がした。



ふと思い立ち、僕は顔を洗った。

化粧水と乳液を塗り、井口にもらった化粧品を取り出す。

ほとんどが新品のまま。

僕は、井口の気持ちに感謝をし、慣れない化粧を始めた。

眉を描き、アイラインを引くと、自分ではないみたいに、顔がくっきりとした。

マスカラを塗り、チークをし、グロスを塗る…。

普段、何もしていないせいか、これが正しいのかどうかすら分からない。

「なんか、気持ちわりい…。」

思わず、独りごちる。

きっと鴉は、夜中まで帰ってこないだろう。

一人だと、何も食べる気にもならない。

普段、僕は入ることが許されていない、彼女が死んだベッドルームに入った。

気のせいだろうか、血の臭いがする。

ベッドに倒れこむ。

鴉に見つかったら怒られるな。

頭ではそう思っているのに、体は、ベッドに飲まれるようにだるくなっていった。

この部屋で、鴉と彼女がしてきた事、会話を想像しようとする。

でも、うまくいかない。

頭がもわっとする。

僕はそのまま、眠りに入ってしまった。


気がついたのは、強い光を感じたからだ。

そして、遠くで何か音がしている。

うっすらと目を開けると、そこには、カメラを構えた鴉がいた。

何を撮っているんだろう。

…僕?

いや、そんなはずはない。

女はもう撮らないと言っていたんだ。

だから、そんなはずは…。

眠っている僕の上に、鴉がまたがって、また写真を撮り始めた。

光が、まぶしい。

もしも、僕を撮っているのだとしたら、それはどうして?

今まで一度だって、撮ってくれたことはなかったのに。

僕の心臓は、急に鼓動を早くした。

我慢ができなくなって、僕は目を開ける。

光が、止まった。

カメラをゆっくりと下ろした鴉の顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。

どうして、泣いているんだろう?

僕のせい?

分からない。

鴉は、僕を無理やり起こして、抱きしめた。

化粧をした僕の顔を、ぐしゃぐしゃと触った。

「なんで、なんでだ…。」

鴉は、カメラを床に投げつけた。

僕は、慌てて拾おうとした。

鴉は、それをとめて、僕を強く抱きしめた。

「忘れたくないんだ…、俺は、忘れたく…ないんだよ…」

鴉が泣いている理由は、分からない。

だけど、僕は、鴉を強く抱きしめ返した。

カーテンの隙間から暗い夜空が見えて、そこにはほんの少しの星の光があって、弱々しく光っていた。

「崇灰の鴉と僕」 ① 平行線

僕の恋人は、「鴉」という。

鴉の首からは、いつも同じものがぶら下がっている。

銀色のネックレス。
丸くて大きな重そうなのが付いたやつ。
パカッと開くようになっていて、その中には三つのものが入っている。

鴉が愛したという女が書いた、手紙。
その女の骨。
そして、その女が血まみれで、倒れている、写真。

その写真は、鴉が撮ったのだという。






「入っていい?」

「どうぞ」

僕の問いに、鴉はそっけなく答える。
鴉の入っている湯船にそっと入ると、お湯がふわっと溢れ出し、ざばあ、という心地よい音が流れる。
湯船は狭くて、僕の膝と鴉の膝が触れる。
嬉しくて顔を上げると、鴉はいつものごとく、どこか遠くを見ている。
僕なんて見ていない。
いや、違う。
僕なんて、いないんだ。

セックスをした後だけ、僕は鴉と一緒に風呂に入れる。
普段は絶対嫌がるんだけど、セックスの後は、早くその匂いを消してしまいたいらしい。
自分の体からも、僕の体からも。

「明日は、休みなんでしょう?」

「うん、まあ」

「どうするの?」

「さあ、別に何も考えてないけど」

「そう」

「お前は、学校だろう?」

「うん」

鴉は、やっと、やっと僕を見た。
最初は横目で、でも、暫くして、正面から。

ああ、僕は、存在していたんだ。

「お前、真面目だよな。学校、全然休まねえし、バイトもガッツリして、家の事もちゃんとするしな。」

「そうかな。」

「うん。俺なんて、学校なんか全然行ってなかったぞ。」

「そうなんだ。…ていうか、学校行ってた鴉なんて、全然想像出来ないけど。」

ずざあ。
湯の音をたてて、鴉は立ち上がり、湯船から出る。

僕の目の前には、綺麗な尻。

男の裸は、綺麗。

僕は、そう思う。
だから、女である自分の、脂肪に覆われた体が、とても恥ずかしい。

「俺はな、お前が思ってるより、うーんと普通だ」

鴉がドアを開けて、外から、湿り気の少ない、冷たい空気が流れ込む。
思わず、目を細める。

「変わってんのは、お前だよ」

突き放すようにそう言うと、鴉は風呂場から消えた。






鴉は、写真を撮る事を仕事にしていて、常にカメラを持っている。

だから、あの女が死んだ日も、やっぱりカメラを持っていたんだって。

海外での仕事を終えて久々に家に帰ったら、夜なのに家の中は真っ暗で、奥の寝室から、大音量でベイビー・シャンブルズの曲が流れていて、何だか嗅いだ事のある嫌な匂いも流れてきて、鴉は寝室のドアを開け、慌てて電気を点けた。

それは、今まで見た中で、一番美しい光景だったという。

部屋は、天井から床まで、隙間無く白い布で覆われていて、でも、もう既に白はほとんど白の役割を果たせていないぐらい、色々な所が赤く染まっていた。

白いシーツの上。
赤く染まった女。

混乱する頭は、整理がつかずに、気がついたら、シャッターを押していた…。


家で酒を飲む度に、鴉はこの話をする。

本当は、そんな女にはちっとも興味が無いけれど、鴉の話だから、僕は聞く。
真剣に。
一つ一つを思い浮かべながら。

血の匂い。
赤さ。
女の髪の長さ。
表情。

鴉の、気持ち。


鴉は、その日起こった事を、その時の女の状態を、そして、そうなる迄に過ごしてきた女との時間全てを、絶対に死ぬまで忘れない、忘れたりしない、と僕に言う。

「だから、俺は、絶対にお前を好きになったりしない」

力強い目をして、そんな事を言う鴉に、僕は言う。

「僕は、絶対に鴉を嫌いになったりしない」

僕たちの気持ちは、きっと一生、平行線だ。

だけど、それを嫌だとは思わない。

交わる事に価値があるなんて、一体誰が決めたんだ。

平行線のまま、一生並んで終われたら、僕はそれでいい。
プロフィール

egorock215

Author:egorock215
ego-rockという劇団で作・演出しています。
淫れ菩耽とかいう名前で、怪しげなショーもどきもやっています。

台本を書く人がいなくて困っている劇団の方、その他諸々、文章を書くことなら何でもやりますので、声をかけてやって下さい。

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