スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「崇灰の鴉と僕」 ② 光

女というのはなかなか面倒な生き物で、「見た目」というやつがとても大事らしい。

ある程度の歳になれば、化粧をしなくてはならない。
らしい。

「なんだかんだ言ったって、ビジュアルなんだよ。」

井口は、グロスを唇に塗りたくりながら言う。

「そうなのかなあ。」

「そうだよ。だって、なんだかんだ言っても、アンタも一目惚れだったんでしょう?」

「うん、まあ、そうなんだけど。ていうか、井口ってさ」

「何?」

「なんだかんだ、ってよく使うよね。」

井口は、丸い目を更に大きくし、

「嘘、マジで。」

と聞いてきた。

「うん、マジで。」

「うっそ〜。今までそんなの全然気付かなかったよ〜。なんかしんないけど、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど〜。」

井口は可愛い。

顔も可愛いけど、そういうんじゃなくて、言動が。

話す言葉とか、動作とか、決して上品ではないんだけど、いや、むしろ、だからこそだろうか、時々、彼女の中の純粋な女の子の部分みたいなのがちらっと見えると、素直に可愛いなって思う。

井口は、大学で唯一、一緒に行動したりする子だ。

世間で言う、「友達」というやつだろうか。

僕にはそういう子が今までいなかったから、よくわからないけれど。

「そうだ、これ、やるよ。」

井口は、小さなポーチを机の上に出した。

「何、これ?」

「化粧品。アンタ、全然持ってないんでしょ?」

井口は、そう言って、女の子の顔を私に見せた。

「この前、新商品色々買ったから使わないし、あげるよ。」

井口は、可愛い。

僕とは違う。
違いすぎる。

だから僕は、井口にどんな顔をすればいいのか、よく分からなくなった。

「いらないの〜?」

「いや…、いる。うん。ありがとう。」

「アンタが化粧したらさ、鴉さん、びっくりするんじゃない?」

化粧をした自分も、そんな僕を見た鴉の言動も、全く想像がつかなかったけれど、それは少し楽しい事のように感じた。

「そうだね、面白いね。」

僕は、小さな声で言った。

「そうだよ。こういう事って大事なんだよ〜。刺激っていうの?そういうのが無いと、恋は枯れていくんだから。アンタ、顔は可愛いんだから、もっと頑張りなさいよ。」

井口は、大袈裟にではなく、僕の事を考えてくれているんだろうな、と思う。

僕は、井口のことを、少しは考えてあげているだろうか。

きっと、あんまり考えていないだろう。

僕と井口は、やっぱり違う。

井口は、素敵な女の子だ。

素敵な女の子とは程遠い僕は、せめて、せめて、と思ってこう言った。

「うん、頑張る。」




家の近所に、小さな教会がある。

とても古そうだけれど、中に入るときちんと手入れされていて、とても綺麗だ。

僕は、そこがどても好きで、通りがかったら、いつも中に入っていく。

宗教には詳しくないし、神様の事なんてよくわかりもしないけれど、ただ、この空間がとても好きだと思う。


一度だけ、鴉を連れてきたことがある。

買い物をした帰りだ。


鴉と一緒に買い物をするのは、とても幸せな時間だ。

近所のスーパーには、家族連れや夫婦が何組も来ていて、まるで自分達も、同じような家族や夫婦の仲間入りをしたみたいな気持ちになる。

もちろん、僕はそれが勘違いだって、よく分かってはいるのだけれど、それでも、周りから見た自分たちが、夫婦のように、恋人のように見えているんじゃないかって、夢を見てしまう。


その日は、確か鍋をしようって言って、肉や魚をあまり食べない僕は、野菜をたくさん買ったんだ。

荷物は重かったのだけれど、僕は何故だか急に、鴉に教会を見せたくなって、わざわざ回り道をした。

「見せたいものがあるから。」

僕がそういうと、鴉は面倒くさそうな顔をしていたけど、

「見たらすぐに帰るからな」

って言って、僕の少し後ろをゆっくり付いてきた。

教会の周りには、全然人がいなかった。

「ここだよ。」

そう言って、僕は先に中に入った。

重い足取りで遅れて入ってきた鴉の顔は、ステンドグラスに反射した光のせいで見えなかった。

「綺麗でしょう?」

夕方の空の光が、教会の中にふうわりと入ってきていて、幻想的で、そこに僕と鴉が一緒にいるなんて、僕は胸がいっぱいで泣きそうな気持ちになった。

でも、その気持ちは一瞬で覚めた。

鴉は、近くにあった机を思い切り蹴ると、僕に背を向け、出て行ってしまった。

さっきまで確かに見えていたはずの、ふうわりとした優しい光は急に見えなくなって、僕は心臓が止まりそうに驚いて、慌てて鴉を追いかけた。

「ねえ、どうしたの?」

鴉は答えずに、ずんずんと先へ進む。

「ねえ!ねえって!」

僕は、鴉の洋服の袖を引っ張った。

その勢いで僕の方を見た鴉の顔は、泣きそうな顔で、僕はまた、心臓がぎゅっと痛んだ。

鴉は僕からゆっくりと顔をそらして、しばらく二人は、そのままじっとしていた。

「嫌いなんだ。」

鴉は、ぽそっと言葉を落とした。

「ああいうの。光がキラキラしてて…、だから、嫌いなんだ。」

「…どうして?」

本当はとても怖かったけれど、僕は、鴉に聞いた。

「綺麗もんなんて、嫌いなんだ。どうせいつか、無くなる。崩れる。それなら、最初からそんなものは見たくない。」

鴉は、またずんずんと歩き出した。

空は、さっきまでの夕方の暖かい色を弱めて、夜の色に飲み込まれていっていた。

振り返った教会も、今まで僕が見たことのない、暗い色にのみこまれていた。

僕は、小さく深呼吸をして、鴉の背中を追った。

僕が必要なのは、幻想の世界の暖かい光じゃなくて、闇に飲み込まれていっている、あの男だけだって、知っているから。




バイトを終えて家に帰ると、鴉はいなかった。

飲みに行ってしまったのだろう。

テーブルの上には、鴉が撮った写真が載っている音楽雑誌と、ビールの空き缶、2つ。

雑誌をめくると、今人気のロックバンドの写真が沢山載っている。

「あった…」

鴉の写真は、一目で分かる。

バンドのボーカリストらしき人の横顔。

明るいところで撮影されたのだろう、その写真には、何故か深い闇が見える。

被写体の闇が、前に出てきてしまうような写真。

思わず、誌面から顔を上げる。

目を瞑り、深く息を吐いて、もう一度写真を見る。

これが、今の鴉。

目をそらしちゃいけないんだ。

僕だけは。


僕と出会う前、いや、彼女が死んでしまう前の鴉の写真は、もっと華やかだった。

光が溢れていた。

でも、今は違う。

闇に飲まれている。

女の人は撮らなくなったし、キラキラしたようなものも撮らなくなった。

血にまみれた彼女の写真を僕に見せながら、鴉は言った。

「これ以上に撮りたい女なんて、もういないんだから。」

確かにそこに写っている彼女は、死んでいるのに、血まみれなのに、不思議と美しくて、僕は鴉の気持ちが分かった気がした。



ふと思い立ち、僕は顔を洗った。

化粧水と乳液を塗り、井口にもらった化粧品を取り出す。

ほとんどが新品のまま。

僕は、井口の気持ちに感謝をし、慣れない化粧を始めた。

眉を描き、アイラインを引くと、自分ではないみたいに、顔がくっきりとした。

マスカラを塗り、チークをし、グロスを塗る…。

普段、何もしていないせいか、これが正しいのかどうかすら分からない。

「なんか、気持ちわりい…。」

思わず、独りごちる。

きっと鴉は、夜中まで帰ってこないだろう。

一人だと、何も食べる気にもならない。

普段、僕は入ることが許されていない、彼女が死んだベッドルームに入った。

気のせいだろうか、血の臭いがする。

ベッドに倒れこむ。

鴉に見つかったら怒られるな。

頭ではそう思っているのに、体は、ベッドに飲まれるようにだるくなっていった。

この部屋で、鴉と彼女がしてきた事、会話を想像しようとする。

でも、うまくいかない。

頭がもわっとする。

僕はそのまま、眠りに入ってしまった。


気がついたのは、強い光を感じたからだ。

そして、遠くで何か音がしている。

うっすらと目を開けると、そこには、カメラを構えた鴉がいた。

何を撮っているんだろう。

…僕?

いや、そんなはずはない。

女はもう撮らないと言っていたんだ。

だから、そんなはずは…。

眠っている僕の上に、鴉がまたがって、また写真を撮り始めた。

光が、まぶしい。

もしも、僕を撮っているのだとしたら、それはどうして?

今まで一度だって、撮ってくれたことはなかったのに。

僕の心臓は、急に鼓動を早くした。

我慢ができなくなって、僕は目を開ける。

光が、止まった。

カメラをゆっくりと下ろした鴉の顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。

どうして、泣いているんだろう?

僕のせい?

分からない。

鴉は、僕を無理やり起こして、抱きしめた。

化粧をした僕の顔を、ぐしゃぐしゃと触った。

「なんで、なんでだ…。」

鴉は、カメラを床に投げつけた。

僕は、慌てて拾おうとした。

鴉は、それをとめて、僕を強く抱きしめた。

「忘れたくないんだ…、俺は、忘れたく…ないんだよ…」

鴉が泣いている理由は、分からない。

だけど、僕は、鴉を強く抱きしめ返した。

カーテンの隙間から暗い夜空が見えて、そこにはほんの少しの星の光があって、弱々しく光っていた。
スポンサーサイト

Trackback

Comment Form

管理者にだけ表示を許可する

Comment

プロフィール

egorock215

Author:egorock215
ego-rockという劇団で作・演出しています。
淫れ菩耽とかいう名前で、怪しげなショーもどきもやっています。

台本を書く人がいなくて困っている劇団の方、その他諸々、文章を書くことなら何でもやりますので、声をかけてやって下さい。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。